2014年1月8日水曜日

骨になってもハートは残るぜ


YOKです。明けましておめでとうございます。
とっくに正月も終わってしまい、完全に「日常」ですが、ひとまず年始のご挨拶です。
そして、12/28のROCK OVER Vol.4にお越しいただいた皆さん、並びにNAKED SPACEのスタッフの方々、本当にありがとうございました。
ROCK OVERがこうして続けていられるのも全て皆さんのお陰です。
 
突然挨拶と感謝から始まったこのエントリ、日本語ラップに目覚めたわけじゃなく、ちゃんと理由があります。
最近よく考えさせられるのは、客、DJ、スタッフの隔たりというか格差みたいなものについてです。
垣根というか、温度差というか。
これは、DJやスタッフ側よりもお客さんの方が強く感じているんじゃないかと思います。
客、英語でいうとゲスト。
うん、ちょっと待てよ、パーティーの客はゲストじゃないぞ。
客は観衆だ、オーディエンスだ。
 
おれも今でこそロックDJみたいなことをやらせてもらっていますが、当然ながら最初は客でした。
演る方と観る(聴く)方、観る方からしたら「DJって凄いなー」とか、ちょっとした尊敬や憧れの目で見ていた節があったように思います。
でも、それは少し間違いです。
同じなんです。
少なくともROCK OVERのDJたちは、大好きな曲を大音量でかけてハッピーになっているアホで純粋な奴らばかりです。
やってることは違うけど、結局のところはフロアにいる皆さんと何ら変わりないんです。
 
グリール・マーカスという人が、自身の著書『ミステリー・トレイン』(名作!)で、「ロックンロールとは、アーティストと客がある種のルールの下、対等な関係で結ばれているただひとつの幸福な芸術だ」と書いています。
その通りだし、クラブイベントも同じことだと思います。
だからおれはロックが好きなんだし、一番優れた芸術であると思っています。
YOKはもうすぐ33歳になりますが、いつまでもロックから離れられないのはそういうことです。
 
泣く子も黙るロックンロールバンド、ギターウルフ。
彼らのライブパフォーマンスに、客をステージに上げてギターを弾かせるというものがありました(今もやってるのかな?)。
客は、セイジ(ギター&ボーカル)の合図があるまでギターを抱えて動かない。
その時、観客はロックンロールの全てを見る。
まるで闘牛士が最後のとどめを刺す時にも似ている、その一瞬の静寂(闘牛見たことないけど)。
そこに全てがある。
セイジの合図と共に、狂ったようにギターを掻き毟るステージ上の客。
その瞬間、誰もがロックスターにはなれないんだと悟る。
でも、客がギターを構えた時、誰もがロックできるんじゃないかと錯覚する。
ステージに上がっている奴は自分だし、ギターウルフも自分だと思える。
それがロックンロールなんだと思います。
 
そろそろ疲れたし、自分でもよくわからなくなってきたのでこの辺でやめておきます。
お客さんとスタッフは対等なんだと言いたかっただけなのに。
悪い癖で長くなってしまいました。
とにかく!客、DJ(アーティスト)、スタッフ、この三者が上手くいって素晴らしい空間が生まれるのです。
間違いない。
 
 
 
最後に、2013年のYOK的ベストアルバム10枚を。
この他にも素晴らしい作品はたくさんありました。
皆さんはどうでしたか?
よかったらまた教えてください。
 
 

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